繊細なあなたへ。「気にしすぎる私」はダメじゃなかった

こんにちは
このブログに訪れてくださり、ありがとうございます。

感受性が強く、繊細な心を持つ方が、
自分の感じ方を責めるのではなく、
少しずつ理解していくためのお手伝いをしています。

「気にしすぎだよ」「考えすぎじゃない?」

そんな言葉をかけられた時、
その場では笑って流していても、
あとから心が重くなることはありませんか?

「私って面倒くさいのかな」
「もっと普通に流せたらいいのに」
「こんなことで気にする私はダメなのかな」

そんな風に、感じたことそのものを責めてしまうことが
あるかもしれません。

まず大切なのは、「気にしすぎる私」を責めることから、少し離れてみることです。

気にしてしまう自分は、
ダメな人間なのではありません。

それだけ丁寧に受け取る心がある。
小さな違和感に気づく感覚がある。
人の言葉や表情、空気の変化を感じ取る力がある。

その感じ方は、
責められるものではなく、
理解してあげたい心の反応なのだと思います。

なぜなら、何気ない言葉に心が重くなる時は、その奥に「気にしすぎ」だからではない大切な気持ちが隠れていることがあるからです。

例えば、

「わかってほしかった」
「大切にしてほしかった」
「否定せずに話を聞いてほしかった」

そのような思いです。

誰かの言葉に深く心が動いてしまうのは、心が弱いからではありません。
それだけ大切にしたかった気持ちや、これまでの経験の中で積み重なった思いや痛みがあるからです。

本当は、もっと強くならなければいけなかったのではなく、
自分の感じたことを否定せず、
「そう感じたんだね」と受け止めてあげることが必要だったのかもしれません。

だから、感じる心そのものを悪いものだと思わなくていいのです。

例えば、職場の人や友人とのやり取りの後に、

「あの言い方で大丈夫だったかな」
「嫌な気持ちにさせていないかな」

と、何度も思い返してしまうことがあるかもしれません。

周りから見れば、些細な出来事でも、
自分の中では気になってしまい、
気づけば心がそのことでいっぱいになっている…

そんな時は、
無理に考えるのをやめようとしなくても大丈夫です。

まずは、

「今、気になっているんだな」
「それだけ相手との関係を大切にしようとしてるんだな」

と、自分の気持ちに気づいてあげることから始めてみてください。

「気にしすぎる私」はダメな私ではありません。

その奥には、
丁寧に感じる力や、
人の痛みに気づけるやさしさがあります。

もちろん、その心の反応を一人で抱え続けると、
苦しくなってしまうこともあります。

だからこそ、
まずは責める声を少しゆるめて、
自分はどう感じているのかを、
理解してあげることが大切です。

私のセッションでは、
「気にしすぎ」と片付けてきた心の声を、
丁寧に理解するところから始めていきます。

一人で抱えてきた、心の重さを言葉にしながら、
あなたが自分の心を大切にできるように、
一緒に見つめていきましょう。

もし、この記事を読んで
「もっと自分のことを知りたいな」
「安心して話せる場所があったらいいな」
そんなふうに感じたら、ぜひお試しカウンセリングにいらしてくださいね。

ここは、あなたが安心して、ありのままを話せる場所です。
あなたの心のペースに合わせて、カウンセリングをさせていただきます。