
はじめまして。
繊細で感受性豊かな気質(HSP)をもつ方が、安心して自分らしく生きていくことができるよう、お手伝いをさせていただいているカウンセラーのこと葉です。
元保育士として11年間、子どもたちや子育て中のお母さんたちに寄り添ってきた経験を活かし、現在は「自己受容」と「安心感」を大切にしたカウンセリングを行っています。
このページでは、私自身の歩みや思いを綴らせていただいています。
なぜ、このカウンセリングをしているのか、
どんな経験を通して今ここに立っているのか、
私自身のことを知っていただけたらと思います。
ゆっくり読んでいただけたら嬉しいです。
「どうして私はこんなに傷つきやすいのだろう…」

外では友達に「明るいね」「悩みあるの?」と言われる
小さい頃の私は、人見知りで、
人に話しかけられることが苦手でした。
一人で空想の世界に浸ることが好きで、
砂場、人形や折り紙で空想の世界で遊ぶ子どもでした。
小学生になり、学年が上がるにつれて、
「友達の輪の中に入りたい」「好かれたい」と思うようになり、
自分をアピールして頑張っていました。
中学・高校では、明るいキャラが定着して、
「明るいね」「元気だね」「悩みないでしょ」とよく言われました。
でも、心の内側には「大丈夫かな」「これでいいのかな」
という漠然とした不安がいつもあり、
その気持ちを掻き消すように、明るく振る舞っていました。
帰宅後 ものすごく疲れて電池切れ
家に帰ると、疲れがどっと出て
電池が切れたように動けなくなることもしばしばでした。
「私は明るくて、いつも元気な人」
自分でもそう思って
「こんな程度で疲れるなんてダメだな」
「みんなと同じように、人並みでいなくちゃ」
そう自分を責めることが日常になっていました。
どうしてこんなに疲れるのか
自分の限界もわからないままでした。
自分を責め続ける日々
日頃から、他の人が気にならないようなことにも気づく私。
相手の表情のちょっとした変化
声のトーン、場の空気…
気づくたびに、頭も心も動き出して
ザワザワしてしまう。
「みんなは気にならないの?」
そう素朴に思うのと同時に、
「こんなに気になる私って変なのかな」
「自意識過剰で面倒くさいタイプなの?」
一人で悶々としながら、
漠然とした生きづらさを抱えていました。
「親が正しい」を生きて、 自分の気持ちを後ろに置いてきた子ども時代

父が絶対的存在
私が育った家庭は、父が絶対的な存在でした。
昭和の色が濃い家で「親の言うことに子どもは従うもの」が
当たり前の空気で流れていました。
母はいつも父の顔色を伺いながら過ごし、
父の機嫌一つで、家の空気は大きく揺れ動きました。
緊張で張り詰める日もあれば、
ふっと緩んで、みんなで笑える日もありました。
ただ、その明るさも父の機嫌に左右される明るさで、
心から安心して笑える空間ではなかったのだと思います。
その揺らぎの中で、
私はいつも家の中の空気を敏感に感じながら過ごしていました。
自分よりも親が正しい
親の言うことには従う
それが基本的なスタイルでした。
そのため、自分がどうしたいかよりも、
親はどう思うかが、私の判断の基準になっていました。
母の勧めでピアノを習い、
気づけば「音楽の道に進んでほしい」と言う母の願いを
知らず知らずに背負っていました。
ピアノのレッスンや練習は楽しいと思えず、
レッスンへ向かうバスの中から
いつも重たい気持ちで窓の外を眺めていました。
親の提案や価値観の中で収まっていると
親が安心心していることを感じ
それが私の「正解」のように受け取っていた子ども時代でした。
アイドルへの憧れ マネすることに罪悪感
ある時、近所の電気屋さんで
当時大流行していたアイドルのものまねコンテストがあると知り、
「私も出たい!やりたい!」と言う思いが湧きました。
友達とふたりで参加を決めて、
友達の家で楽しく練習を重ねました。
でも、その「出たい!」の気持ちは親には言えなかったんです。
「やめなさい」と言われると思ったから。
コンテスト当日、友達と小さなステージに立ち、
歌って踊って、楽しいはずなのに、
どこか罪悪感のような後ろめたさが漂っていました。
仕事に行きたくない…職場に適応できない社会人1年目の闇

朝起きるのがつらい
短大を卒業後、就職。
新しい環境で何をどうしていいかわからず、
求められることが多い職場の中で、
戸惑いながらも適応しようと、日々一生懸命でした。
朝の満員電車では、体が押し潰されそうになり、
息が苦しくて体調を崩してしまう日もありました。
仕事を終えて家に帰る頃には、心も体も限界で、
玄関で倒れ込み、しばらく動けないこともありました。
そんな日々が続くうちに、
朝起きることがだんだん辛くなっていきました。
「休んではいけない」「職場の先生方に迷惑をかけてしまう」
そんな思いが頭の中でぐるぐるして、心は重く感じていました。
限界を感じ、思い切って職場に休む電話をかけた後、
自分が情けなくなり、布団の中で小さくなっていました。
出来ない自分を責め、心が沈んでいった日々
短大で勉強したこと、それまでの経験から
社会に出ても「きっとやれる」と思っていましたが、
直面したのは「出来ない自分」でした。
周りの人は普通に出来ているように見えることが、私にはできない。
そう感じて、色々なことにつまづき、
どんどん自信を失っていきました。
どうにもならない悶々とした思いを、母親にぶつけることもありました。
当時は、自分が繊細な気質であることがわからず、
情報を得ることもできなかったため、
繊細さゆえに受けていた心の負担に
気づくことができませんでした。
自分の取り扱い方がわからず、
ただただ「できない私」「ダメな私」「弱い私」と
強く自分を責めていました。
支えられながら、何とか前へ進んでいた
同僚の励ましや、先輩の温かい言葉に救われながら、
「私は私のペースで前に進んでいる」と
経験の積み重ねと成長も感じられるようになっていました。
ただ振り返ると、この頃はまだ、
自分の繊細さと、どう向き合えば良いのかわからず、
心の土台はぐらついたままでした。
そんな頃、人生の節目がやってきました。
20代で結婚 親から離れてほっとした

親元を離れて感じた解放感
当時、お付き合いしていた人との結婚が決まり、退職をしました。
結婚し、実家を出て自分たちの新しい暮らしが始まると、
親の存在に感情を左右されることなく、
自分の思いで生活ができる。
自分のペースで日々を過ごせることが、
とても清々しく感じられました。
やっと幸せを感じられたのに…なんかしんどい

子育ては楽しいけれど、ずっと気を張っている
初めての子育て
子どもたちの成長がうれしく
慌ただしくも楽しい日々を過ごしていました。
子育てにやりがいを感じ、
家にいる時は自分のペースでいられるのですが、
いざ外にでると、
「人に迷惑をかけてはいけない」
という気持ちが大きく、
夫は自分から動くタイプではないので
その分、自分、夫、子どものことも含め
いつも360度気を張っていました。
しつけは小さい時が大切と頑張っていた
しつけは小さい時が大切と信じ、
気を遣っていました。
子どもたちには、
自分らしく、自分を楽しみながら、しなやかに生きてほしい。
そんな願いと同時に、
私自身が、親にしてほしかったことをしてあげたい。
そんな思いも心の奥にありました。
保育の仕事に携わっていたこともあり、
幼児期の関わりは、特に大切にしていました。
親戚付き合いでは、とことん良い嫁を演じていた
親戚づきあいも嫁の務め、
夫の実家には呼ばれたら行くのが当たり前。
そう思い、親戚が集まる時には、
買い出し、食事作り、後片付け、子どもたちの世話、
そしてそのまま実家に泊まる。
それを当然のように続けていました。
けれど、夫の実家から帰ってくると、
いつも動けなくなるほど疲れていたのでした。
いつしか、繰り返す私の状態に
「私はこんなに疲れるんだな」
「気を張って、良い嫁でいようと頑張っているんだ」
当たり前にし続けていたことが
無理をしている自分の状態に
やっと気づき始めました。
でも、どこでどう線を引けば良いのかわからないまま、
モヤモヤした思いを抱えた状態が続いていました。
心が弱いのではなく、気質なんだ

気づかないうちに、無理を重ねていた日々
パートの仕事が終わって帰宅してからも、
そのままソファに寝転び、フリーズ状態。
夕飯を作る時間になり、
「ご飯を作らなくちゃ」と力を振り絞って起き上がっても、
疲れ切っていて、どうしても機嫌の悪さが出てしまう。
そんな状態で夕飯を作り、
不機嫌さを子どもにぶつけてしまうこともありました。
頑張りすぎる日々と様々なストレスの中で、
パニック症を発症してしまいました。
エレベーターに乗れない、電車に乗るのが怖い、
日常生活にも支障が出てきてしまいました。
しんどさには理由があると知って
とても疲れやすく、エネルギーの消耗が早い私。
「どうして人と同じようにできないんだろう」
そう自分を責めながら、その原因を探すように本を読んだり、
インターネットで調べ続けていました。
そんな中、
HSP Highly Sensitive Person ハイリー・センシティブ・パーソン
(生まれつき感受性が豊かで、刺激や人の気持ちを深く受け取る気質)
という言葉に出会いました。
「疲れやすい」「ちょっとした変化に気づきやすい」
HSPは、刺激や感情を深く受け取る「感受性の特性」を持っている
このことを知り、
ずっとずっと感じていた漠然とした生きづらさに、
輪郭が見えたようでした。
「あぁ これまでの私のしんどさには理由があったんだ」
そう理解できた時、
心がふっと軽くなったことを、今でも覚えています。
そこから少しずつ、
疲れ切る前に休むこと
予定を詰め込みすぎないこと
一人の時間を大切にすること
「自分の取扱い方」を見直していくようになりました。
親の介護で揺れた心 夫との関係のほつれで気が落ちた瞬間

突然やってきた親の介護 膨らむストレス
ある日、母が脳梗塞を起こし、
それに伴い認知症発症、大腿骨骨折、
父も心筋梗塞を発症し、それぞれ入退院で介護が必要な状況になりました。
適度な距離を保ってきた両親との関係でしたが、
介護を機に近くなっていったことで
それまで心の奥で収まっていた様々な感情が出てきてしまいました。
「親なんだからこうあるべきでしょ」
「普通は〇〇するはずでしょ」
親と接するたびに、
「親なんだから」と無意識に求める親像に当てはめようとして、
精神的なストレスはどんどん膨らんでいきました。
生活の土台が一気に崩れ落ちた時
そんな時、家庭の中でも大きな問題が起こり、
生活基盤や信頼の土台が揺らぎ、
夫婦関係にも影が落ち、心の余裕が一気に無くなっていきました。
あある瞬間、ふっと気が落ちてしまったことを感じてから、
何もしたくない、考えたくないと、
無気力な日々を送るようになっていってしまいました。
親を大切にできない 夫のことも愛せない
親との関係、夫婦のすれ違い、
目の前に起こる問題は毎回違うけれど、
心が痛み、触れる場所はいつも同じでした。
時が経っても、状況が違くても、
事の本質はずっと変わらず、
形だけを変えて繰り返し、
「まただ…」と問題は現れていました。
そのことに気づき、
繊細な気質を知るだけでは解決できない壁にぶつかり、
どうしたら良いかわからない失望感で
途方に暮れてしまっていました。
「人に振り回されるのはもう嫌」
「私の中の穏やかさを保ちたい」
「同じ事の繰り返しはしたくない」
「自分と向き合って、変わりたい」
そんな思いが心の奥底で動き始めていました。
心の仕組み、脳の仕組み、 知ることが光になった

「怖い」が口癖の私が、怖さの中で歩き出す
「どうしたら変われる?」
「誰に聞いたらいい?」
「教えてくれる信頼できる人はどこにいるの?」
そんな切実な思いを抱えて、
インターネットで調べたり、SNSを眺めていくうちに
自分の心と丁寧に向き合っていくセルフコーチングの学びに出会いました。
どんなものなのかを知っていく中で、
「私が変わることで愛が循環するのなら変わりたい」
そんな思いが心の奥から湧き上がってきました。
ただ、怖がりの私が学びに一歩を踏み出すことは
とてもとても勇気のいることでした。
信頼できる学びの場であることを用心深く確認し、
怖さを抱きつつも、一歩を踏み出したのでした。
自分のこと、知らないことだらけだった
心の仕組み、脳の仕組み、思考のクセ
学びの中では、知らなかったことをたくさん知りました。
「もう大人。自分のことはわかっている」
「自分のことは自分の経験値で切り開くのが普通」
そう思っていた私でしたが、
人から教えてもらうことを選んでみたことで、
丁寧に時間をかけて、
自分と深く向き合っていくことができるようになりました。
「私」を知っていく中で
「ダメ」を自分でたくさん作っていたことに気づきました。
そして、
様々な思考のクセが、
私を守ろうとしてくれていたこと
そんな心や脳のカラクリが
少しずつわかっていき、
どんどん心がほぐれていきました。
「変わりたい」と答えを探しに足を踏み出した先には、
「私とわたし」の間に、信頼と安心が生まれていました。
そして、口癖だった「怖い」という言葉を
いつの間にか使わなくなっていることに気づき、
「変わっている」ことを実感しました。
「知らない」ことで迷い、不安になっていた
私の中には色々な私がいて、
どれが本当の自分なのか、本質の部分がわからず、
ずっと自分迷子になっていました。
不安な私、強がる私、頑張りすぎる私、
人の顔色を機にする私、疲れやすい私…。
そのどれもが自分なのに、どう扱っていいのかわからず、
「どう生きていったらいいの?」と
立ちすくんでいました。
心や脳の仕組みを学び、
カウンセリングを受ける中で、
心の中に「いろんな私」がいるのは、
弱さではなく、私を守ろうと生きるために身につけてきた、
大切な心の働きだったと認めることができました。
「知る」ことで現在地がわかり、安心する

かつての私は、自分の繊細さを
「ダメなところ」
「もっと強くならなければいけないところ」だと
思い込んでいました。
けれども、今は、
その繊細さがあるからこそ、
人の気持ちに寄り添え、
物事の本質を深く捉えることができる。
「一緒にいるとホッとする」
「安心して話せる」
「癒される」
そんな言葉をいただくたびに、
この繊細な気質を
私の良さ、才能、ギフトだと思えています。
自分自身を知り、内側が整っていくことで
自分らしさがわかっていき、
安心して自分を生きることができるようになりました。
自分を愛し、その愛を循環して生きる

今、私は心から思っています。
HSPの気質は「生きづらさ」ではなく、
「優しさ」や「深さ」という尊いギフトなんだって。
繊細で感受性が強いあなただからこそ、
心の仕組みを知ることは、
自分を癒し、生きやすくし、
“自分を愛し、その愛が循環して 生きる力”となっていきます。
あなたの内にある光が灯りはじめる

ここまで読んでくださったあなたへ。
もしかすると、私の経験とどこか重なる部分を感じられたかもしれません。
私と同じように、
「こんな私はダメ」
「こんなこと、誰に話していいかわからない」
「もっと、自分らしく生きたい」
もし、そう思って心が重くなっているのでしたら、
お話に来ませんか?
「ただ話す」という小さな一歩でも、心が緩んでいくこともあります。
「知る」ことで、私の心に光が灯り明るくなったように、
あなたの内にある光が灯る。
そのお手伝いができたら…と、心からそう願っています。
どうぞ安心して、ぜひ一度、“お試しカウンセリング”をご利用ください。
心がほぐれるお時間、ご用意してお待ちしています。
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